2026.8.19
IR
上場会社が実質株主を知る制度は5%超だけ。行使結果に残る「在席」
株主名簿を開くと、並んでいるのは資産管理銀行の信託口名義ばかりで、どの機関投資家が自社の株主なのか読み取れない——そう感じている方は多いのではないでしょうか。本記事では、金融庁・法務省の一次資料と株主判明調査5社の公式情報に基づき、実質株主の把握がどこまで可能かを、無償の方法から順に確かめていきます。
結論
企業が入手できるのは、確定済みの記録までです。株主だった運用機関の名前までは、議決権行使結果の開示から無償で分かります。しかし、いま誰がどれだけ保有しているかという現在の情報は、費用を払って調査しても、審議中の新制度ができても、企業には提供されません。
実質株主は、名前だけが行使結果の開示に残る
株主名簿と有価証券報告書の大株主欄には資産管理銀行の信託口名義が並び、投資判断と議決権行使を担う運用機関は、その背後にいます。そして5%超の大量保有を除けば、発行会社が実質株主を把握できる制度は存在しません。これは金融審議会の報告書に明記された現状です。
企業が運用機関に直接問い合わせることはできますが、回答は任意です。投資家にも、問い合わせ元が本当に発行会社かどうかを確認できなければ回答できない、という事情があります。
それでも、名前までは無償で分かります。運用機関の多くは議決権行使の結果を銘柄別・議案別に開示しており、一橋大学・円谷研究室は、これを横断集計した一覧を公開しています。3,848社×56機関の集計で、プライムの会社なら平均20.6機関の名前を確認できます。
ただし、ここで分かるのは、総会の基準日時点で株主だったことを示す記録——本記事ではこれを「在席」と呼びます——までです。保有量も、いまも保有しているかも、この一覧からは分かりません。銘柄別の開示をしない運用機関も確認できません。
株主判明調査は、費用も何が返るかも公表されていない
次の手段は、費用を払って調べる株主判明調査です。信託銀行系やIRコンサルティング各社が手がけています。ところが主要5社の公式サイトを確認すると、費用を公表している会社はなく、判明率を公表しているのも1社(90〜95%)だけでした。
何が納品されるのかも、公式情報からはほとんど読み取れません。調査結果として保有株式数を明記しているのは1社で、保有比率を記載している会社はありませんでした。調査の時点を示す「基準日」という言葉も、どの社の説明にも出てきませんでした。
調査結果がどの時点の状況を示すかを読み取れる説明は、一つだけありました。定期的に調査を実施して、投資家構成の変化を継続的にモニタリングする、というものです。つまり、投資家構成の変化は1回の調査では分からず、調査を繰り返すことで把握する仕組みです。1回の納品物は、特定時点の状況を示すものと読めます。
運用機関に対し、保有状況について直接説明を求める方法もあります。スチュワードシップ・コードは、企業から求めがあれば説明すべきだと定めています。ただし、あらかじめ公表すべきとされているのは、求めに応じる際の対応方針までで、保有の中身ではありません。金融庁の会議でも、多大なコストをかけて調査しても完全には捕捉できない、という意見が出ていました。
議決権の行使結果は、公表すべきものと定められている
運用機関の名前が行使結果から分かるのは、投資家の厚意によるものではなく、スチュワードシップ・コードの要請に基づいています。コードの指針は、議決権の行使結果を個別の投資先企業・議案ごとに公表すべきだと定め、公表しない場合には理由の積極的な説明を求めます。
公表が求められる範囲は、それだけではありません。利益相反が疑われる議案などについては、賛否を問わず、その理由まで公表すべきだとされています。完了した議決権行使については、この詳細さで公表が求められているのです。
審議中の制度でも、企業に届く範囲には線が引かれる
では、現在の保有状況はどうでしょうか。現在、会社法改正の一環として、企業が実質株主を照会できる「実質株主確認制度」の創設が審議されています。仕組みは2本立てで、会社が仲介機関経由で指図権者を確認する方法と、大量保有報告の写しを会社へ提出させる方法が検討されています(法案は国会に未提出です)。
ただし、その制度でも会社が確認できるのは指図権者の氏名と株数までで、保有目的や売買動向は対象外と明記されています。確認の基準時も株主名簿の基準日時点に限られ、過去や将来を基準時とする請求はできません。
両者を並べると、公表される情報とされない情報の境目が分かります。完了した議決権行使は、個別の議案の単位で理由まで公表されます。一方、いま誰がどれだけ保有しているかという変動中の情報は、費用を払っても、新しい制度ができても、企業には提供されない設計です。
企業が入手できるのは、投票結果や基準日時点の記録のように、確定した情報までです。実質株主に関する情報は、企業が入手できる確定済みの情報と、入手できない変動中の情報に分かれています。
編集後記
実質株主が分からないときも、費用をかけずに確かめられる範囲があります。運用機関の行使結果を横断集計した無償の一覧には、自社の総会で議決権を行使した運用機関の名前が並んでいました。
有償の判明調査も、審議中の制度も、公表される範囲の線引きは同じでした。実質株主の把握では、完全な名簿を追い求めるのではなく、入手できる記録を活用することが現実的です。名前までは分かり、保有量と現在の状況は誰にも分かりません。だから最初に確認すべきは、確定済みの記録です。
出典とデータについて
- 金融庁 公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ報告(2023年12月25日)
- 金融庁 スチュワードシップ有識者会議 事務局説明資料(2024年11月18日)
- 金融庁 スチュワードシップ・コード(2025年6月26日改訂版)
- 法務省 会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案(2026年3月18日)・部会資料13(2026年6月24日)
- 一橋大学・円谷研究室 機関投資家の議決権行使結果(特設ページ)
- 株主判明調査の各社公式ページ: みずほIR・日本シェアホルダーサービス・アイ・アール ジャパン・三井住友信託銀行・インベスチャー(2026年8月時点の確認)
本記事は、公開情報を突き合わせて構成しています。制度と要請の記述は金融審議会・法務省・スチュワードシップ・コードの原文を確認し、在席の集計は一橋大学・円谷研究室の公開Excelをひふみ株式会社が独立に再計算して照合しました(プライム平均20.6機関など)。株主判明調査の記述は上記5社の公式サイトの2026年8月時点の記載に基づき、費用・判明率・出力の詳細は各社の公表範囲に依存します。
本記事の制作には生成AIを活用し、データの集計と出典はひふみ株式会社 デジタル編集部が確認しています。
制作: ひふみ株式会社 デジタル編集部