2026.3.4
コーポレートガバナンス
10年目の「衣替え」
コーポレートガバナンス・コードは、なぜ今、身軽になろうとしているのか
CGコード改訂を読み解く(1/5)
ルールが増えると、本質が遠のく
2015年に産声を上げたコーポレートガバナンス・コード。この10年間で、日本企業の経営のカタチは確かに変わりました。独立社外取締役の選任は当たり前になり、指名・報酬委員会の設置も広がり、資本コストという言葉が取締役会で交わされるようになりました。
しかし、ある有識者はこう問いかけます。「形は整った。けれど、それは本当に機能しているだろうか」と。
令和7年10月21日、コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議の第1回が開催されました。5年ぶりとなるこの改訂議論の中心にあるのは、「スリム化」と「実質化」という、一見矛盾するように聞こえる二つのテーマです。
手取り足取りの「指南書」から、自ら考える「羅針盤」へ
現行のコーポレートガバナンス・コードには、基本原則が5つ、原則が31、補充原則が47あります。改訂を重ねるたびに、サステナビリティ、多様性、知的財産など、重要な政策テーマが次々と盛り込まれてきました。その結果、ある委員が指摘するように「様々な政策の出口がCGコードになっている」という状況が生まれています。
企業の現場では、コードへの対応そのものが目的化し、本来注力すべき経営の実質的な改善に割くリソースが圧迫されているという声も聞こえてきます。ある製造業の経営者は「10年前と今のガバナンスでは随分と変わった。常識になったことが書いてあったり、複数の原則で細かく書き過ぎていたりする」と率直に語りました。
今回の改訂が目指すのは、この10年で十分に浸透した規定や、他の法令と重複する記載を整理し、コードを「身軽」にすること。そして、企業が本質的な課題に向き合う余白を取り戻すことです。
事務局が提案する方向性は明快です。現行の補充原則47項目を、(1)引き続き重要なものは原則に格上げ、(2)参考として残すべきものは「考え方」として再配置、(3)浸透済みまたは重複するものは削除、という三段階で再整理するというものです。
「減らす」ことへの畏れと、覚悟
会議では、スリム化の方向性に全員が賛意を示しました。しかし同時に、複数の委員から慎重な声も上がっています。
「記載から外れると、やらなくていいんだという誤ったメッセージになりかねない」。「政策的に退行しているとの解釈がなされないよう留意が必要」。「補充原則には良いことがたくさん書いてある。削除はよほど慎重に」。
これらの懸念は、コードがこの10年間で果たしてきた役割の大きさを物語っています。ガバナンス改革が「当たり前」になったからこそ、その土台を安易に崩すことへの警戒感があるのです。
一方で、ある法学者はこう述べました。「プリンシプルベース・アプローチのプリンシプルとは、全ての会社にとって一つの正解があるわけではないという考え方に立っている」。つまり、コンプライしている場合であっても、自社がどのように考え、どのように実践しているのかを説明することこそが、本来のコードの姿だという指摘です。
序文という「原点回帰」
もう一つ、会議で全員が支持したのが、コードへの序文の設置です。
2015年の策定時、原案には序文がありました。コードが何のために存在するのか、プリンシプルベースとは何か、コンプライ・オア・エクスプレインとはどういう意味か。10年がたった今でも色あせないとされるこの序文は、しかし、正式なコードには組み込まれていませんでした。
「経営者が読みたい、読むべきと思う内容にすべきだ」とある委員は指摘します。コードを担当者に任せきりにしている経営者が少なくないという現実を踏まえた発言です。
また、別の委員は「コードの趣旨はショートターミズムではなく、中長期の企業価値向上にある」ことを序文で明確にすべきだと主張しました。経済成長戦略に資するためにコードは生まれたのだという原点を、改めて刻み直す試みです。
編集後記
10年という歳月は、制度が「定着」するには十分であり、同時に「形骸化」が忍び寄るにも十分な時間なのかもしれません。今回の改訂議論を聞いていて感じたのは、スリム化とは単に条文を減らすことではなく、企業に「自ら考える余白」を返すことなのだという点です。
皆様の会社では、コーポレートガバナンス・コードは「遵守すべきチェックリスト」でしょうか。それとも「経営の羅針盤」でしょうか。その問いへの答えが、おそらく実質化の出発点になるのだと感じます。
次回は、実質化の核心とも言える「社外取締役の質」について、有識者会議で交わされた議論を掘り下げます。
ひふみ株式会社 デジタル編集員:畠田 拓
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