2026.3.6

コーポレートガバナンス

金庫の中の「眠れる資本」〜CGコード改訂シリーズ1

投資家が本当に望んでいるのは、株主還元ではない

CGコード改訂を読み解く(3/5)


倍増した現預金、変わらない問い

日本企業における現預金の保有額は、この20年間で倍増しました。総資産に対する比率も同様に倍増し、15%を超える水準にあります。一方、アメリカではその水準にほぼ変動は見られません。

この事実をどう読むか。有識者会議では、経営資源の配分という論点が、最も多くの委員の発言を集めたテーマの一つとなりました。

投資家側の委員は「多くの投資家は、最適な資本構成と有効な資本活用を望んでいるのであって、単純に株主還元だけを望んでいるわけではない」と強調します。東証が国内外の機関投資家と行った意見交換でも、「場当たり的な株主還元はもう株価に対して何の意味もない」「中長期的な企業価値の向上に向けたコアビジネスへの投資をしっかりやっていただきたい」という声が海外投資家からも寄せられています。

「価値創造ストーリー」という上の句

こうした議論の中で、一つの概念が浮かび上がりました。「価値創造ストーリー」です。

ある委員は、今回の改訂で最も重要なことは、企業がまず価値創造ストーリーを構築し、それを外に出すことだと主張しました。自社のパーパスの実現に向けて、どのようなビジネスモデルを通じて、どのような社会課題を解決し、どのように中長期的な企業価値向上に結びつけていくのか。その一連のストーリーです。

この委員の表現を借りれば、企業はまず価値創造ストーリーという「上の句」を詠み、投資家がその「下の句」として対話に応じる。これがコーポレートガバナンスの双方向性の本質だというわけです。

現行のコーポレートガバナンス・コードでは、価値創造ストーリーに関連する記述が5、6か所に散らばっています。経営戦略の策定、サステナビリティへの対応、中期経営計画、資本効率の目標設定など。これらを一つにまとめ、取締役会とマネジメントの共同作業として構築するという位置づけを明確にすべきだという提案は、コードの再構成の方向性としても示唆に富むものです。

ショートターミズムという「もう一つの敵」

経営資源配分の議論には、もう一つの重要な文脈があります。ショートターミズム、すなわち短期主義の弊害です。

欧米でも深刻化しているこの問題に対し、ある委員は「ガバナンス・コードの趣旨はショートターミズムではなく、中長期の企業価値向上にある」ことを明確にすべきだと訴えました。研究開発投資、地方への投資、人への投資、知財への投資。これらが短期的な収益圧力の中で後回しにされてしまえば、コードが本来目指したものとは正反対の結果になりかねません。

一方で、委員からは慎重な声も上がっています。「現預金を持つことの合理性そのものが否定される風潮に向かうことがないよう、慎重な検討が必要」。「投資の中には中長期で語らなければいけないこともあるし、リスクで語らなければいけないこともある」。「企業と投資家では、市場への入退出の即時性や自由度が異なる。その非対称性も踏まえるべきだ」。

これらは、コードが一方的な株主還元圧力の道具にならないための重要な留保です。

政策保有株式という「積年の課題」

経営資源配分の議論と不可分なのが、政策保有株式の問題です。

会議では、投資家側の委員が「現預金の積み上げや政策保有関係の構築をリスク回避のためにしているという説明を企業から受けることがあるが、現状ではリスクを増大させている側面がある」と指摘しました。株価が大きく変動する中で、保有側にはリスク管理の必要性が増し、保有される側にも資本コストへの影響があるという認識です。

また、最近増えている「政策保有株式の純投資への移管」についても、投資家から見ると対応が不透明になるだけだとして、移管後の適切な対応をコードに追記すべきだという提案がありました。

海外投資家の視点からは「政策保有株式はゼロにすべき」という、より踏み込んだ主張もなされています。


編集後記

「多様なステークホルダーへの付加価値をどう分配するのか」。ある委員のこの問いかけは、現預金の活用という狭い論点を超えて、企業経営の本質に迫るものだと感じました。しかも、そこに「時間軸」を加えるべきだという指摘は、投資家の中にも、長期で付き合うパッシブ投資家と短期リターンを狙う投資家とで利害が異なるという現実を踏まえたものです。

皆様の会社が描く「価値創造ストーリー」は、社内で共有され、取締役会で議論され、投資家に伝わっているでしょうか。その問いへの答えが、経営資源配分の説得力そのものになるのかもしれません。

次回は、価値創造の説明を支える情報開示の在り方として、「有価証券報告書の総会前開示」という論点を取り上げます。

ひふみ株式会社 デジタル編集員:畠田 拓

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